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【769】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 75  評価

さオ (2016年03月27日 16時05分)




昼飯を食べて、午後から自分の部屋で勉強をしていたら 

「ピンポーン」というインターホンの音が鳴った。 


奈央が下に降りる様子もなく、おばあちゃんもいないようだったので、 

「いいのかな?」と思いつつも俺が玄関の戸を開けた。 

そこには、短髪の見知らぬ少年が立っていた。 

この前野球観戦の時に見た制服だったから、恐らく奈央の高校の生徒だ。 


 
男子「あ、え?こんにちは…」 


俺「こんにちは…」 

彼は、いかにも「予想外の奴が出てきた」という表情で俺を見た。 


男子「奈央さん、います…?」 


俺「あ、はい。ちょっと待ってね」 


俺はそのまま2階に上がっていき、奈央の部屋をノックした。 


俺「なんか、男の子来てるけど」 


すると、中から「えー?どうせタクミだろ」と声がした。 


奈央はバタバタと玄関へ降りていき、 

「やっぱり。何の用ー?」と親しげに話し始めた。 


俺はその様子を、階段の途中からうかがっていた。 



【768】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 74  評価

さオ (2016年03月27日 16時04分)




昼前の白い日光が庭中を照らしていた。暑すぎる。 


奈央「1に教えてもらってたら、めっちゃ上手くなれるかも」 

奈央は水道で水を飲みながらそんな事を言った。 

俺はやっぱり、その言葉が純粋に嬉しくて、少し恥ずかしかった。 


俺「俺のおかげってわけじゃないよ。奈央だって真面目にやってるから」 


奈央「だよねーん」 

奈央はそう言うと、元気ににかっと笑った。 


溌剌とした笑顔、とはこういうものを言うんだろう。 

その笑顔を見て、ちょっとだけ胸が騒いだ気がした。 




奈央と二人きりになったら、あの「お守り」の事を話そうと考えていたが、 

奈央の明るい表情を見ていたら、なんだか話すのが怖くなってしまった。 


なぜだか分からないが、 

そのことを話してしまうとこの笑顔が消えてしまうんじゃないかと、 

俺は「余計な」心配をしていた。 

そんな事考えずに、話してしまえば良かったのだが。 



【767】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 73  評価

さオ (2016年03月27日 16時03分)




奈央は輝いた表情で、「うんうん」と頷いて繰り返し姿勢を確認していた。 


俺「打ってみるから、カットしてごらん」 


奈央「うん、オッケー!」 


俺が少しだけ厳しい球を打つと、奈央はススス、と滑らかに移動してボールをカットした。 


俺「そう、それだよ!いい感じじゃん」 


奈央「わー、なんかぜんぜん違うかも!」 


俺「さっきはこの球に飛び込もうとしてたからなw」 


奈央「ほんとだよねw」 




奈央とバレーをしていると楽しかった。 

腰の痛みも、一瞬だけ忘れるようだった。 

奈央は俺の言ったことを素直に受け止めてくれ、 

それをひたむきに実践しようとしていた。 


そんな奈央を見ていると、 

俺は失った気持ちを色々と取り戻すような気分になれた。 


奈央「1、教えるの上手いね」 

奈央は肩で息をつきながら、俺の方を見て言った。 


そう言ってもらえるのが嬉しくて、不意に胸が熱くなってすぐには何も言えなかった。 


奈央「あっつい。そろそろ水飲んでいい?」 


俺「うん、飲みなよ。熱中症になったらやばいよ」 



【766】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 72  評価

さオ (2016年03月27日 16時02分)




俺はピンと来て、奈央の姿勢を見てみることにした。 


俺「ちょっと、レシーブ姿勢とってみて」 


奈央「うん?…こうかな」 

奈央は膝を曲げて腰の重心を落とした。 


俺「うん、間違ってはいないね」 

俺「でもそれだと、前にボールが落ちそうな時、すぐ反応できないんだ」 


奈央「確かに」 


俺もレシーブ姿勢を構えて、奈央の前で見せて上げた。 


俺「ただ膝を曲げればいいってわけじゃないんだ」 

俺「膝の皿は、自分の足首より前に持っていく感覚なんだ」 



 
奈央「足首の前…?」 


俺「そう。そうすると、重心は落ちながらも自然と体は前にいくでしょ?」 


奈央「あ、本当だ!なんだか動きやすいかも」 


奈央の顔がキラリと光って、何度も何度もその姿勢を確かめた。 


俺「これがレシーブの基本なんだ」 

俺「相撲の取り組みっぽい姿勢だ、なんて言われたなぁ俺は」 

そう言って俺が笑うと、奈央も「ほんとだw」と言って笑った。 


俺「俺も高1の頃レシーブ下手だったから、コーチに何度も言われてさ」 

俺「もうすっかり、頭から離れないわw」 



【765】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 71  評価

さオ (2016年03月27日 16時01分)




俺の構えとぴったりの所にボールが飛んできて、 

「おっけ!」といいながらレシーブを奈央の元へと返す。 


奈央も「ナイスカット」と笑いながら俺にトスを上げた。 

これまた、いい感じの打ちごろのトスだ。 

俺は軽やかにボールを叩いて、奈央の元へ打ち込んだ。 


ボールは少々手前に落ちそうになって、俺はまずいと思った。 

奈央が、「オーケー!」と叫んで地面に滑り込んだ。 

ボールは奈央の目の前でバウンドし、奈央はそのまま地面に倒れこんだ。 


 
俺「あ、あぶないよ!」 


奈央「いった…つい癖で、フライングしちゃった」 

奈央はそう言うと、俺の方を見て「しまった」という感じで苦笑いした。 


俺「その執念は良いと思うけど、今は外だから…手とか大丈夫?」 


奈央「うん、平気だよ」 

奈央はTシャツが土だらけになっていたが、ケガはなさそうだった。 


俺「よかった。大事な試合があるんでしょ?あんまり無茶すんなよ」 


奈央「ああいうボール、試合でもよくあるけど、とるのが難しくて」 

奈央は服を払いながら立ち上がって、俺の方を見た。 



【764】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 70  評価

さオ (2016年03月27日 16時00分)




奈央がボールをポンポンと叩きながら玄関から出てくる。 

俺は水道で水をがぶ飲みしていた。 


奈央「この前と同じ感じでいい?」 


俺「ん、いいよ」 

俺はびしょびしょになった口元を腕で拭って返事をした。 

水を飲んだら、溌剌とした気分になった。 



「いくよ」 

奈央がボールをひょいっと上げて、俺の元に打ち込んできた。 

バンッと両腕でキャッチ(レシーブ)し、奈央の頭上へ優しく返す。 


奈央が「さすが」と笑いながら、俺に向かってトスを上げる。 

綺麗にトスが上がって、「いける」と感じた。 

振りかざした手はバチンッと気持ちよくボールにミートして、 

かなりの速さで構えた奈央の元へ飛んでいった。 


軌道が安定していたので、 

奈央はほとんど動くこと無くレシーブを高々と上げた。 


奈央はレシーブしながら痛切な声で「はっや」とつぶやいた。 

俺は「ナイスカット」といいながら、少々低めのトスを返す。 

奈央は「よし!」と言いながらトスの軌道を見定めて、パシン!とボールを叩いた。 



【763】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 69  評価

さオ (2016年03月27日 15時59分)




奈央「これが終わったら、対人してくれない?一日ボールに触らないの、不安だから」 

奈央「勉強する…?」 


俺「お、やる?全然いいよ。じゃあ早く終わらせよ」 

俺がそう言うと、奈央は「うん!」と言って笑顔になった。 



今は難しい事は考えたくない。 

奈央に笑顔が戻ってきたなら、それでいいんだと思った。 




日差しは相変わらず強い。もう、夏も本番なんだ。 


「よし!こんなんでいいかな!」と言った奈央は、畑からホースを撤収し、 

家の目の前に向かって勢い良く水を振りまいた。 



アーチを描いて霧散した水滴は、 

太陽光を反射してプリズムのようにキラキラと散っていった。 

燦然たるその光景が、なぜだか俺の胸をきゅっと締め付けた。 



【762】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 68  評価

さオ (2016年03月27日 15時58分)




奈央「ごめん。本当は聞かない方がいいと思ったけど」 

奈央「嫌なら、言わなくてもいいから」 


俺はしばらく悩んだ。 

どうしてか、奈央にケガの事を言うのは憚られた。 

たぶんおばさんにもおじさんにも、 

俺が腰を悪くしてバレーを辞めたのは伝わっていないはずだ。 

ケガをしてしまった自分が情けなく思えて、俺は隠していたかったのだ。 



俺「もう、十分やったからね。満足したって感じ」 

俺「深い意味はないよ」 


奈央「バレー、嫌いになっちゃったの?」 

俺は大きく首を横に降った。 


俺「まさか。大好きだよ。他のどのスポーツよりも好き」 


奈央は、「ふーん…」と言いながら、水やりを続けていた。 

何か、見透かされているような気がした。 






【761】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 67  評価

さオ (2016年03月27日 15時57分)




俺「なんでぶどうに紙袋みたいのかぶせてるの?」 


奈央「日焼けしちゃうからだよ」 


俺「日焼けぇ?ぶどうが?」 


奈央「そう。日光に当てすぎるのは良くないんだよ」 


俺「へぇー…」 

俺はホースの補助をしながら、水をやる奈央を見ていた。 



木漏れ日がゆらゆら揺れて、奈央と俺を照らす。それが眩しかった。 


奈央「あのさ」 


俺「何?」 


奈央「…やっぱいい」 


俺「は?どうしたの?気になるじゃん」 


そう言うと、奈央は申し訳無さそうな表情でこちらを見た。 

奈央「なんで、バレーやめちゃったの?」 


俺「え」 


奈央の言葉に不意を突かれてドキリとしてしまう。 




【760】

夢を捨てた俺に忘れない夏が来た 66  評価

さオ (2016年03月27日 15時56分)




水道に戻って合図をする。 


俺「じゃあ水出すよー」 


奈央「お願いー」 


俺が蛇口を捻ると、グオっと水が通うのを感じた。 

そのまま小走りでぶどう畑の方に向かう。 


頭上にぶどうの樹の葉っぱが幾重にも重なっているから、 

ぶどう畑の中には木漏れ日が無数に揺れていた。 

風が吹くたびにぶどうの葉も揺れて、木漏れ日もキラキラと瞬いた。 


 
その中で真剣な顔をして水をやる奈央を、しばらくぼーっと眺めていた。 


俺「へー、こうやって水をあげるんだね」 


奈央「そうだよ。でもあげすぎもダメだから、何日かに一回って感じ」 


奈央「暑い日が続いたら、ただの水撒きもしたりする」 


何もかもが初めてのことで、こんな農作業は初体験だった。 


俺「こういうの初めてだから、なんかワクワクする俺」 

俺がそう言うと、奈央は「うそーw」と言って笑った。 


奈央「まあ、家が農家でもないとこんなんないよね」 




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