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【3】

RE:忘れられない○○(2)  評価

たいちょ。 (2006年01月07日 18時25分)

「あ、お湯は新しくしてますから。風邪ひいちゃわないうちにどうぞ」


受け取りようによっては嫌みになりそうなことを、そう聞こえないように気遣う言い方がいい。
俺はとりあえず自分にあてがわれた部屋へ荷物を置き、手早く着替えとタオルを取り出して浴室へ向かった。


廊下からわずかにひっこんだ脱衣所にはドアもカーテンもなく、足拭きマットと洗濯機があるだけ。
知らない男女が一緒に暮らすことなど普通は考えないだろうから、不思議ではないが。


さっさと濡れた服を脱いで洗面器の上に置き、ガラス戸を開けてバスルームに入った。
狭い洗い場と小さな浴槽。彼女が使ったのであろうシャンプーの甘い匂いがほのかに鼻腔をくすぐる。


ゆっくりと湯につかり、雨に冷えた身体を暖めながら、俺は今後のことについて考えた。
風呂に入るときはお互い気を付けなければならないだろう。
どちらが先に入るか、決めておいたほうがいいかもしれない。


そう言えばあてがわれた部屋にも鍵はない。トイレも彼女が使ってすぐに行くのは避けたほうがいい。
いくつかの注意事項を頭に整理して、俺は風呂からあがった。


リビングに行くと、彼女はテーブルの前に座りテレビを観ていた。


「あ、はやいですね。お湯加減、だいじょうぶでしたか?」


「はい、ちょうどよかったですよ。ここ座っていいです?」


なんとなくそのまま座るのも気がひけて、俺は一応尋ねた。


「どうぞ。あの、いちいちことわらなくてもいいですよ?」


ありがたい言葉だが額面通りに受け取らないように気をつけるくらいがちょうどいいだろう。


「え〜と、こんな天気ですけど、明日のことについてなにかお聞きになってますか?」


タオルで頭を拭きつつ、俺はまず必要なことから訊いた。


「朝には台風は通過してるらしくて、とりあえず事務所には行けると思います。
 ここから20分くらいのところで七時半に出れば、途中でお昼ご飯を買っても余裕で間に合うでしょう。
 でもNさんは大変なお天気の中で来られてお疲れでしょうから、なんならお昼くらいからで大丈夫ですよ」


気遣いは有難かったが、そういうわけにもいくまい。
【2】

RE:忘れられない○○(1)  評価

たいちょ。 (2006年01月07日 18時24分)

その瞬間、ゴッという音とともに、半分トンネル状になった通路に突風が吹いた。


「きゃっ!1!!」


ドアの隙間から吹き込む風をまともに受ける形になって、長い黒髪が派手に乱れたのが見えた。

俺は慌てて左手に持ったバッグを玄関に放り込みながら、自分の身体も捻じむようにして屋内に入ると
同時にドアが勢いをつけて背中ごと叩きつけるように閉まり
ドアを開けてくれたその人影に、危うく体当たりをするところだった。


「あーびっくりした!大丈夫ですか?」


それが彼女、Mさんとの出会いだった。
トレーナーの上下を着込んだすらりとした立ち姿と、艶のある長い髪は好印象。
化粧っけもなくやや地味ではあるが、まずまず整った目鼻立ち。


目をひくような美人、というわけではないけれど、男女問わず人に好かれそうな顔だ。


「すんません、こんな遅くなって…」


とりあえず姿勢を正して、自分でははっきりと発音したつもりだったのだが
十時間以上荒らしの中を運転してきた疲れと、駐車場から建物の入り口に至るまでの間に濡れ鼠になったせいか
初対面の挨拶は口の中で、もごもごとこもるだけだった。


「さ、はやくあがってください。風邪ひいちゃいますよ」


彼女はそう言って俺を招き入れると、手際よく乾いたバスタオルを差し出してくれた。
上がり框に置かれたマットの上で自分の身体を拭き、そのままバッグの水滴を拭おうとして
これは彼女のタオルかと思った俺が一瞬手を止めると


「あ、どうぞそのまま拭いてください、ここにあったタオルですから」


彼女はそういうとにっこり笑った。
促されるままに短い廊下を抜け、リビング兼ダイニングといった部屋へ入る。

右手に小さなキッチンと冷蔵庫。中央にテーブルがフローリングの上に置かれてあり
ベランダへ抜けるアルミサッシが正面、その手前にある少々くたびれた小型テレビ。


たったそれだけの殺風景な部屋ではあったが、台風のなかを走り続けてきた身が人心地つくには充分だった。


「大丈夫でしたか?こんな天気だから、途中で事故に遭ったらって心配してたんですよ」


「ええ、まあ無理だったらサービスエリアに避難しとこうかと思ったんですけど
通行止めにもならなかったし、なんとか無事に辿り着きました」

とりあえず落ち着きを取り戻した俺は、改めて彼女に言った。



「ご心配かけました、T営業所のNです。宜しくお願いします」

「G営業所のMです。噂は専務から聞いています、こちらこそ宜しくお願いします」


彼女はそう言って、ぴょこんと頭を下げた。
新しい営業所の名目上の責任者になる、60を越えた婆さん専務とは、俺はあまり折り合いがよくない。


「はは、ロクな噂じゃないでしょ」


「いいええ、この会社に入る前も同じお仕事なさってたんでしょう?
この際だから、しっかり勉強してくるようにウチの所長からも言われてます」


彼女はそう言って笑うと、向かって左の壁にふたつ並んだドアの、手前を指差して言った。


「あの、勝手にお部屋決めちゃいましたけど、今夜のところはこっちを使ってください。
それからお風呂湧いてますので、おなかがすいてなかったらどうぞ暖まってください」


短い期間しか滞在しない部屋がどんなものでも別に構わなかったが
会っていきなり風呂に入るのもなんとなく気がひけた。向こうだってしらない男と同じ湯を使うのは嫌だろう。


つづく。。。
【1】

プロローグ  評価

たいちょ。 (2006年01月05日 08時29分)

一昨年、体験した忘れられない思い出。
胸を張って語れる筈もない話なのに、誰かに知ってて欲しい。
そんな話にどうかお付き合い願えるだろうか。




去年、俺は出張で10日間程、東海地方の某県へ行っていた。
あたらしい事業所を開くため、現地採用した人間の指導というのが俺の役目だった。

上司と呼べる人間は役員が初日にいるだけで、実質おれと他所の営業所から来ていたもう一人で
営業所を立ち上げ、採用したばかりのおっさんたちに仕事を仕込むようになっていた。


この年は何度も台風が日本列島を襲うことになるのだが
俺はその最初の台風に追いかけられるように、高速を自分の車をとばし現地に向かった。


現地に近づくにつれ風雨は強まり、夕刻から何度か出くわした交通規制が段々長くなり
渋滞にはまる時間も次第に長くなり、通行止めを心配する頃になって
俺はやっと目的のインターチェンジを降りた。


予定を大幅に遅れ、寮に指定されたウイークリーマンションに着いたのは夜の11時。
もう一人の指導社員は先着している。ベルを鳴らすとき、俺はけっこう緊張していた。


何故かと言うと、そのドアの向こうにいるのは、まだ20代の女性と知っていたからだ。
俺たちが勤めていた会社は出鱈目なところで、こういうことを平気でやる。


マンションの別室ではない。同じフラットで初対面の男女がこれからの10日間暮らすのだ。

あらかじめ聞いてはいたから心の準備はしていたし
当時、俺は婚約して間が無かったから女性に餓えていたわけではないのだが
なかなかに非常識なシチュエーションであることに変わりはない。
向こうはもっと緊張しているだろう。


とにかくインターフォンを鳴らすと、落ち着いた女性の声がした。いい感じの声だ、と思った。
俺が自分の名を告げると少しの間を置いてドアが開いた。
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