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【818】

RE:しっこくしっこく

☆ハンター☆ (2017年08月03日 09時41分)
あぁもちろん、
>もちろん、母親は自分が赤ん坊の奴隷だなんて思ってませんが、
>奴隷的に、と言うか、献身的に赤ん坊の面倒を見ます。
>この献身性には、オキシトシンというホルモンが関係している、
>ということが分かっています。

ここはある程度、理解してますよ(・_・)


しかし、ここはチト違う気がします。

>生まれて数年の間、赤ん坊は全能感の中で、母親に献身を受け、
>「自己愛」を満たしていく、と考えられます。

「自己愛」を満たしていく、ではなく、生きる本能しか無いと思いますよ(・_・)だって動物ですもの。

>自己愛を満たす、というのは、一般的な表現をすれば、
>「自分は、愛されている」
>「自分は、全面的に受け入れられている」
>という実感を持つ、と言うことです。

ここは半々だなぁ。リアルに。

>この実感を得られないで育ってしまうと、どうなるか。

>自分は他者から愛されない、受け入れてもらえない、
>という空疎感を持つようになります。

実際、愛情を与えられないで育ってる子を見た事有りますが、(となりの子)

んーホントに半々っすな。自分を認めてほしいとばかりにイタズラすることもあるし、閉じこもっちゃう事もあるし
おとなしいと思ったら騒がしかったり・・・。

愛情不足(片親なんですね。その子)になる時が早ければ早いほど、ADなんとかってチェックシートに当てはまる部分が多くなってる気はシテマス。

まぁドツボにはまってますねw
わたし^^;

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RE:しっこくしっこく  評価

☆カンパチ☆ (2017年08月03日 11時48分)

>「自己愛」を満たしていく、ではなく、生きる本能しか無いと思いますよ(・_・)だって動物ですもの。

ここのところは、前レスで

>赤ん坊の「自己」は、まとまりのないバラバラな状態になっている

と書いたわけですが、
赤ん坊は、本能だけで生きているのではなく、
バラバラとはいえ、それなりの「自己」を持っている、
と考えるべきではないか、ということです。

ということは自己愛もある、ということになります。

ただ、バラバラの自己、っていうのが、どうにも分かりにくいです。
その点は、ちょっと置いといて、

その本では、ボーダー(境界性パーソナリテイ)の心理を
赤ん坊の心理になぞらえて、こんな風に書いてます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ボーダーの患者は「自分」がバラバラになっている一方で、
他人が自分とは別の意思や感情を持った一人の人間だということも分かりません。

赤ん坊が「母親は自分の思い通りおっぱいをくれるものだ」と感じているのと同じように、
自分が好きになった相手は、自分の思い通りになってくれるものだ、
と思い込んでいます。

要するに、他人の心と自分の心の区別がつかなくなっているということです。

相手のことを「自分とは違う他人」と思えていないので、
容赦やコントロールが効かず、
怒りが爆発してしまうのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

赤ん坊の心は、乱暴な言い方をすれば、
ボーダーの心と似ている、
と考えているようです。

ただ、赤ん坊の場合、月日が経つと、
自分と他人の区別がつくようになってくる、
ということらしいです。

赤ん坊にとっての他人とは、まずは母親です。

最初のうちは、自分と同一化しているので、
自分が好きなことは相手も好きであり、
自分が嫌いなことは相手も嫌いである、
と思い込んでいるわけです。

ということは、
相手が、自分にとって嫌なことをしてくれば、
全く受け入れられないことなので、
激しく怒ったり、泣いたりして、抵抗するし、

相手が自分にとって好きなことをしてくれば、
安心します。

しかし、月日が経ってくると、自分が好きなことを相手も好きとは限らない、
と思えるようになってくる、
他人も「主体性」を持った存在だと認識し、自分とは違うと理解する、
ということらしいです。

では、なぜ、そういう風に「成長」するのかは、
多分、まだ、謎なんじゃないでしょうかね。

ただ、赤ん坊を正しく「成長」させるためには、
赤ん坊が相手(=母親)と自分を同一化している段階で、
赤ん坊を決して拒絶しないことが重要ということではないかと思います。
これが、愛される体験、ということです。
つまり、自分を全面的に受け入れてもらう体験です。

愛されているうちに、だんだん、自分と他者を区別できるようになり、
さらには、愛されている時と、愛されていない時の区別がつくようになり、
愛されていることは心地よいものであり、愛されないことは不快なことだ、
と感じるようになるんじゃないのかな。

自分と他人の区別がつくようになると、
充分に愛されていれば、
愛されている心地よさを相手にも与えよう、
と思えるようになる。

人間は、出産育児を通して、
愛することと愛されることを学んできたのかもしれません。
愛し愛されるということは、
互いに相手の自己愛を満たし合うこと、と言っていいんじゃないでしょうか。

以上の過程を経ずに育ってしまうとどうなるか。
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