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【93】 | RE:タバコ嫌いのパチ・スロライフ 古代晋也 (2015年06月06日 10時51分) |
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◆パチ歴30年さん >東海4県あたりではないか ⇒正解です^^ >古代さんの書かれたマイクパフォーマンス、読みながら節回しまで再現できそうです!やはり、規制が入ったのでしょうか?最近、聞かなくなりましたね。 ⇒僕が行ってるお店では、録音してある機械的なマイクパフォーマンス?は、たまに流してますね。 でも女性の声で品はいいんですが、何と言うか面白味が無いと言うか・・・ 昔の軍艦マーチに乗せて『よく出ます様〜はたまた、よく遊べます様に〜』っていうのは、嘘ばっかりとは思いながらも、いかにもパチンコ屋って感じがありました(笑) >あの頃は、店内放送は有線放送で演歌、歌謡曲、ナイター中継 ⇒ナイター中継の話が出ましたので、少し野球の話を・・・演歌、歌謡曲、の話もうるさいですよ(笑) あれは、長嶋監督の松井1,000日計画とか?で、確か?松井秀喜選手が3番、落合博満選手が4番の開幕戦だったと思うのですが、落合選手がインコースの厳しい球(シュート?)を右肘がお腹に食い込む様な窮屈なフォームから鮮やかにレフトスタンドに放り込んだんですね。 色々なホームランを見てるけど、あれこそは、落合選手にしか打てない芸術的なホームランだったんじゃないかなぁ?と思います。 ◆ハヤシカさん >小学生の頃、給食を食べられなかったら、昼休みになっても食べられるまで許してもらえず泣きながら食べたものです。今ではそんなことはやってないんでしょうが… ⇒これはねぇ・・・賛否両論あると思うんですが・・・僕は、子供には、世界で満足に食べたり、ちゃんとした水を飲む事が出来ずに飢え死にしたり病死したりする人がいる事を教えないといけないと思います。 どうしても食べられないものは器に盛らなければいいのではないか?とも思いますが、好き嫌いを無くす事も大事な気もします。 >これからもスロットを打つことはないんじゃないかなあと思います。 ⇒僕もスロットは、ほとんど打ちません。これについては、別に好き嫌いがあって全然 問題無いと思います(笑) |
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【96】 |
パチ歴30年 (2015年06月07日 10時10分) |
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これは 【93】 に対する返信です。 | |||
おはようございます。古代さん。 >落合選手がインコースの厳しい球(シュート?)を右肘がお腹に食い込む様な窮屈なフォームから鮮やかにレフトスタンドに放り込んだんですね。 私は、落合選手というと「ドラゴンズ」というイメージなのですが(笑)。しかし、落合選手の手首の柔らかさというか、バットコントロールは見事でしたよね。野球経験のない私でも見事だなぁ、と思いました! スポーツ選手の一流と呼ばれる人たちは、所作を決めている人が多いと聞きました。 その方面ではイチロー選手が有名ですが、朝食はカレー(現在は止めたようですが)、トレーニングやストレッチの順番、打席に入る時の動作まで、同じ動きで決まっているようです。 たしか、長野オリンピック金メダリストの清水宏保選手も控え室から、リンクのスタート地点に到着するまで一連の動作が決まっていたと聞いたことがあります。 この行為は心の振れを最小限に留める効果がある、と言われています。例えば、「今日は左足からグラウンドに入ろうか、いや、この前、左足から入って打てなかったから、右足か、いやいや・・・・」といった具合に、些細なことに気を取られないことが最大の目的だそうです。 勝負事というのは、この心の振れ・揺れが、結果に大きく影響します。 有名なハウスルールとしてギャンブルカード種目のブラックジャックが、親(ディーラー)は「もち札の合計が17を超えるまで次のカードを引き続けなければならない」というルールがあります。子(客側)はこのルールがありません。合計16に達した時点でも親はカードを引かなければならず、バースト(21を超える=自動的に負け)というルールがあるため、一見、選択肢のある子(客)側が有利に見えます。しかし、子(客)側は、この微妙な選択をする立場となった場合、必ず心の振れがでます。「あぁ、もう1枚のカードを引いておけば良かった」または「引かなきゃよかった」と。 これが、次回の勝負に多分に影響を及ぼしますよね。勝負事は自己管理、心の管理でもあります。やはり、プロには本当にさずがプロと関心させられることばかりです。 |
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【94】 |
ハヤシカ (2015年06月06日 16時25分) |
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これは 【93】 に対する返信です。 | |||
こんにちは。 確かに日本の飽食っぷりは異常な面があります。 どこぞでシチューをご飯にかけるかどうか盛り上がっていますが、食べるものがなければ、絶対に議論するような内容ではないですもんね。 肉料理一つにしても、結局いただいいるのはその動物の命だけではありませんからね。 そう考えると30年前の食の教育くらいは必要なのかもしれません。 |
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