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【451】

旅行記(その2)

おやじプロ (2002年10月27日 03時53分)
まっすぐホテルに行き、チェックイン。
チープなビジネスホテルみたいな感じのところ。
郊外には韓国資本の豪華なリゾートホテルが最近できたらしいが、対馬の中心地である厳原の街中にある地の利を優先した。


少し休んでから街中を歩く。
海が近く、磯の香りがする。
人口2万程の町ではあるが、かつての10万石の城下町で、今も長崎県対馬支庁の所在地だけあって、懐の深い町である。あちこちに古い神社やら石垣が見られる。
すし屋兼ソバ屋みたいな店に入って、母は刺身盛り合わせとソバ。自分は魚苦手だし、食欲もなかったので、とろろソバだけにしておいた。

最近の政治情勢など、寝物語にして就寝。
いいトシして、相変わらず、情勢をキチンと把握していて、的確な批判をしてのける。
かあちゃん、政治家になったら?(笑)

翌日は、少し贅沢だが、観光タクシーを予約しておいた。
司馬遼の「街道を行く」で対馬のタクシーは愛想が悪く、運転も荒い、と書いてあったので、心配していたが、そんなことはなかった。
聞くと、一時島を出て、関西方面で働いておられた、とのことで、そのせいかも知れないが、如才なく案内、説明してくださった。
半日で広い島内一周はムリ、とのことで、南半分をまわる。韓国の見える北端にも行ってみたかったが、これは次回のお楽しみ。
それでも、島の南端の岬からのパノラマや、島の南北を分ける入り江・浅芽湾(あそうわん)のリアス式海岸など、日本の風景とは思えないような、豪快で素晴らしい眺望を堪能させてもらった。

途中で寄った「物産館」でのこと、母「あ、ちょっと、これ、ええやん」(ツシマヤマネコの置物を指差して、母も大の猫好き)
俺「後にしとき、荷物になるやろ」
そのまま忘れていて、最後に空港で探しても見つからず、恨まれてしまった(笑)

夕方の飛行機で対馬を出て、今日は福岡泊まり。
後は、のんびり贅沢旅行しような、というわけで、予約しておいた有名レストラン「和田門」でコース料理を食す。

あと、母お目当ての「鶏卵素麺」を求めて、老舗の菓子屋へ。
閉店直後で、シャッターが半ば降りてるのを、母は強引に入り込んで、店員さんを拝み倒して、売ってもらう。
う〜ん、さすが大阪のおばちゃん。
このあたりの根性はパチ屋の常連ババアとおんなじやね(笑)
泊まるのは、高級ホテルはあまたあるが、自分の好みで、
フロントもポーターもぜ〜んぶお姉ちゃん(ぐへ)の「タカクラホテル」、親切で家庭的なサービスがウリの中堅クラスのホテルである。

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旅行記(その3)  評価

おやじプロ (2002年10月27日 04時36分)

最終日。
年寄り連れだし、ウロウロせず、ホテルの高い朝食を食す。たまにはいいもんだ。
荷物はホテルから空港へ送ってくれるサービスに預けて、西鉄の駅へ向かい、もうひとつの目的地、柳川へ。

柳河駅の構内で客引きのおじさんにキャッチされて、そのまま「どんこ舟」へ。乗るつもりだったから、いいんだけどね(笑)
網の目のような水路から見る古都はまた格別。
古い家はみんな船着場を持っていて、かつては、水路が主な交通機関だったのだろう。
素敵な庭のある家も多く、こんな生活もよさそうだね、と、母も自分も、根っからの都会派なんで、ちょっと言ってみただけ(笑)
舟を降り、白秋記念館を見学。
「あと、見るとしたら、御花庭園(藩主別邸)やけど、どうする?」
さすがに、そろそろ足に疲れが来てるみたいなんで、パスして、駅に戻る。

今度は反対方向の大牟田行きに乗る。
まっすぐ西鉄で天神まで戻って、地下鉄で空港に行けばいいのだが、旅の終わりに、少し贅沢なオマケを用意しておいた。
大牟田駅からタクシーで「三井港倶楽部」へ。
かつて、炭鉱で栄えた頃、三池港につくられた迎賓館。
タクシーは玉砂利を敷いた門内まで入ってくれたので、ちょっとしたVIP気分(笑)
栄華を偲ばせる、上品な調度のレストランでフルコース。
値段が安いのには驚いた。

殺風景な港を少し歩いて、現実との落差を実感した後、大牟田駅に戻り、最後の贅沢は特急「つばめ」のグリーン車で博多まで。
この列車は国内の昼行列車としては、屈指の快適さだと思う。
これまたお姉ちゃんのサービスつきだし(ぐへ)、ゆったりくつろげる座席に、母も感心していた。

空港で、帰りはほぼ同時刻の飛行機なんで、手荷物検査場を抜けたところで、左右に別れる。
少し、足が弱くなって、気性もちょっとだけ素直になった気がしたが、まだまだ元気で安心した。

早くに夫を亡くし、ずっと一人の母。金持ち、というわけではないが、それなりには持っているので、(いざという時は助けねばなるまいが)こちらが援助してやる必要は今のところない。
むしろ、心掛けねばならないのは、こちらが迷惑をかけないこと。
食えなくなったら、足を洗う。なにもなければ「野たれ死に」すればいいだけのこと、と腹をすえてのパチンコ生活ではあるが、やはり、なにがあっても、母が生きているうちは、心配かけられない、との思いを強くした。
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