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【88】 | RE:パチンコ店に放火する理由と店側の対策 眠り猫 (2009年07月08日 16時55分) |
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>上記のような、思いっきり歴史と違う事を書くべきではない。 ん?なんで違うと言うの? 僕はそのように記憶してるし、そういう事を言う人もいる、実際に青空経営をできなくなってパチンコから手を引いたと言う人も知っているが? さも、在日系の特権(と言うべきではないと思うが)がパチンコを生んだと言いたげな事ばかりを書くよりは、はるかに事実に違いと思うよ? 僕自身も、はっきりとその時を見てきた訳でもないので見た資料などが間違っていれば勘違いしている可能性はあるが、とりあえず、複数の資料を見る限りそれほど大きな間違えは無いと思うが?どこが違うと? |
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【120】 |
近隣住民 (2009年07月08日 20時41分) |
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これは 【88】 に対する返信です。 | |||
あんた幾つだよ。 >実際に青空経営をできなくなってパチンコから手を引いたと言う人も知っているが? 昭和5年に名古屋で自動遊技機の営業許可(パチンコ店第1号)。 昭和11年、高知で大流行(半年間で35店開店)。 昭和17年、戦時対策によりパチンコは全面禁止。 昭和21年、禁止されていたパチンコが復活する。 昭和22年、パチンコのホールらしき店が登場。 昭和23年、風俗営業取締法施行。 昭和27年、店舗数ピーク45317店。 昭和29年、連発式パチンコが禁止。徐々に七割の業者が転廃業。 WW2の時に一旦全て禁止されてんだな。 青空でパチってたのは、数年ってことになる。 昭和24年ごろまでは完全に物が無い時代。 その後も徐々にしか回復していない。 なので、 「パチンコを営業するなら店舗を構えなくてはいけないと言うように法律が変わり、 店を持つ事が出来ないから青空営業をしていた人たちが一気にパチンコ営業をやめ出した」 これは戦前の話?かわかんないけど、少なくとも戦後にはその様な法律(風営法)が出来る前に ホールの形態で営業してる。 >多くの日本人が辞める中で在日系の方々が多く残る事となり 戦後に普及して、一旦淘汰した直接の原因は、連発式パチンコの禁止。 上の理由とは関係ない。 |
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