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【208】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月16日 12時57分)

【緊急避難】

午前十一時
住吉署別館四階の講堂で
特捜本部の記者会見が開かれた。

出席者は吉田六郎府警本部長、新田勇刑事部長
三井一正警備部長、坂本房敏捜査一課長、
それに突入隊の指揮官の
松原和彦警部の五人であった。

前線本部から府警キャップの
黒川満夫ら十一人が足を運んだ。
会見を取材するのには多すぎる人数だったが、
デスクの瓜谷は黙って彼らを送り出した。

誰もが自分の心の中でこの事件の
決着をつけたい、と思っているのだ。
瓜谷は「おれも行きたいくらいや」と思った。


講堂の会見場はゆうに百人を超す取材陣となった。
定刻に少し遅れて会見は始まった。
記者のほとんどが立ったままである。

吉田六郎本部長が立ち上がって深く頭を下げた。

「おかげさまで事件は一応の解決をみました。
 しかし、三菱銀行支店長、行員の方、住吉署の警部補
 阿倍野署の巡査と四人の死者を出しましたことは
 痛恨の極みであります」

本部長はそこで言葉を区切って再び頭を深く垂れた。

記者団の後ろで爪先立ちしながら
様子を見ていた藤本は
吉田本部長のその痩身を見て
「まるで枯れ枝のようだ」と感じた。

このあと、犯人の逮捕、人質の救出の概略の説明があり質疑応答に移った。

―――― もっと早く強行突入はできなかったのか

質問は随時、早いもの勝ちである。
吉田は質問者の方を向き、低い声で答えた。

「人質に危害が及ぶ可能性があり、できませんでした。
 被疑者は机の上に女性を座らせ、
 後ろにも人質を配置していましたから
 状況の変化を待つしかありませんでした」

―――― 突入隊はいつ、編成したのか

「当初からやっていました」

―――― ライフルは使わなかった?

「使っていない。すべて拳銃です」

―――― 狙撃以外、方法はなかったのか

「被疑者は三丁の銃を持っていました。
 撃たないに、こしたことはないが、
 今回は狙撃が必要と判断しました」

質疑応答は淡々と続いた。

ある記者がちょっと身構えて質問した。

―――― と、すると本部長、犯人を撃ったことは緊急避難になるんですか

吉田は質問者の方にきっ、と眼を据えた。

「そうです。緊急避難になります」

迷いのない、ビシリとした口調だった。


■緊急避難
〜刑法第三十七条第一項〜
自己または他人の生命、身体、自由、または財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為はこれによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰さない。ただし、その程度を超えた行為は情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2前項の規定は、業務上特別の義務がある者には適用しない。



吉田本部長の会見が終ると、
広報課長から突入の指揮をとった
松原和彦警部が紹介された。

紺色の出動服に身を包み、
テーブルの上にヘルメットを置いていた。
小柄で細身だが浅黒い顔には精悍さがみなぎっていた。

―――― どこから突入したのか

「駐車場から通用口を抜けて入った」

―――― 編成は

「二名一組で私を含め三十三名。
 先頭に立ったのは六名」

―――― 犯人との距離は

「最終的には十メートル未満」

―――― 犯人はどうしていたか

「支店長席の机の前で新聞を読んでいた」

―――― 犯人に声をかけたか

「かけていない」

―――― バリケードの状態は

「キャビネットを積み上げ
 人間一人がやっと通れる程度」

―――― だれが発砲し、何発撃ったか

「八発。私は撃っていない」

―――― 犯人は応射したか

「応射はなかった」

―――― 逮捕したとき、手錠はかけたか

「手錠はかけていない」

質問はなお続きそうだったが、
広報課長からメモを受け取った坂本捜査一課長が
「もう、そろそろ …」と腰を浮かせた。

「いま、また、コロシが発生しましたので …」
【207】

RE:血風クロニクル  評価

reochan (2015年02月12日 14時24分)


あの暗い低音は、何か時代の象徴みたいなw

異質さを感じますよね〜

そっかぁ、 藤純子イチオシかぁ(なっとくー

あたし、もしかして藤純子の刀での斬り合いシーン、初めてかも

すっごい上手かったぁぁ!!かっこよかったぁぁぁ!

悪いけど、健さんは、イマイチだよねー(小声で

藤純子さんって、あの上品でしとやかな振る舞いとは

別の人格がいるのかなぁ それとも演技が上手いだけなのかしら?

健さんは、NHKのインタビューで、「俺の中にその血がある」って言ってたけど・・


前にのほさんから、「三白眼」教えてもらってから、

芸能人とか、「この人は〜」みたいなwww


あ、お仕事中すみませんでした。
【206】

RE:血風クロニクル  評価

野歩the犬 (2015年02月12日 11時34分)

■お〜、レオちゃ〜ん

ようこそ、隠居部屋へ♪

>んで、主題歌、藤純子だったんですねっ!!(驚

ぶはは♪
なんじゃ、あの調子っぱずれな低音は!
つー、歌いっぷりですね♪

もっとも、本人はイヤイヤ、歌わされて
思い出すのも辛い …と、聞いたことあります。


>全DVD揃えてるって・・・どんだけっ!(驚

さすがに 緋牡丹だけ、よ

>来週は、「死んで貰います」だから、健さんの背中に背負った花模様が見えますね♪

これはHDに落とす予定よ♪

>いぁ〜 藤純子さん、カワイイなぁ〜♪

俺の中では美女大鑑のトップです!

>セリフとか沢山ありますが、すごい脚本能力ですね!

いや、さすがにオリジナルじゃないですよ。
今回は最後に出典をきちんと明記しますから。


>TVとかでも、「人を殺してみたかったとか・・」
仁義も恨みもない、殺人って、世の中どうなってくんだろう・・

だねぇ〜  病んでますねぇ、いまの世の中 ・・・
【205】

RE:血風クロニクル  評価

reochan (2015年02月12日 10時39分)


こんにちわー♪

二日前、緋牡丹博徒 花札勝負? 面白かったです

昨日も見てました〜

んで、主題歌、藤純子だったんですねっ!!(驚

高倉健の映画、殆ど見たと思ってたけど、

その前の映画も見てなかったような・・

全DVD揃えてるって・・・どんだけっ!(驚


来週は、「死んで貰います」だから、健さんの背中に背負った花模様が見えますね♪


いぁ〜 藤純子さん、カワイイなぁ〜♪


最近リアルな事件の内容で怖いです。

やくざの攻防と違って。。

セリフとか沢山ありますが、すごい脚本能力ですね!


「春になったら、窓から花びらが舞い込んでくらぁ〜」


もうすぐかなー 
TVとかでも、「人を殺してみたかったとか・・」
仁義も恨みもない、殺人って、世の中どうなってくんだろう・・

 
【204】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月11日 12時23分)

【 影 】

府立病院では府庁キャップの安保がやっとのことで
同僚に左耳を切り取られた行員の病室に入ることが許されていた。

前日、石田と浅田が粘りに粘って主治医から
「耳」の一件を聞きだしていた。

犯人が「切った」か「切らせた」か、
ではその意味がまるで違う。

石田は主治医を通じての取材で
「切らせた」ことは間違いないと踏んではいたものの、
なお、行員自身の口から確かめるまでは、
とふっきれない思いを抱き続けていた。

石田はこの日は別の病院の取材に回っており、
安保は石田からその迷いを聞かされていた。

他社の記者と二人、五分間の制限つきで
面会が許されたときああ、やっと
石田の迷いを確認できると気が張った。

顔半分に包帯を巻いた男子行員は意外に元気そうで
そのときの模様を淡々と話してくれた。

「あいつはキモをえぐるんや、と命じたんです」

「え、キモを?」

「おい、お前、とどめを刺してこい。
 キモをえぐるんや、と命じたんです」

行員の言葉は、はっきりしていた。

「でも、あの人はこの人はもう死んでいる、
 と言ってくれたんです。
 するとあいつはそんなら耳を切りとれ、だと。
 あの人はかがみこんで、すまんなあ、
 と言ってくれました」

安保は息を詰めるようにしてメモをとった。

付き添いの行員がさあ、もう、
時間ですから、とせきたてたとき
彼は「これだけは」というふうに
二人の記者を見上げて続けた。

「あの人にはなんの恨みもありませんよ。
 全くありません。あの状況では仕方なかった。
 こんなことをさせた犯人は
 今でも殺してやりたい、というのが本音です」

話しながら涙をあふれさせた行員を見つめて
安保も涙のふくれるのを感じながら
この事件が北畠支店の人々に落とした影、
これから先の人間関係の辛さを思い
暗澹とした気持ちにとらわれた。


おなじ思いを裁判所担当の
塩雅晴も現場でかみしめていた。

特捜本部が五分間だけ、
銀行内部の撮影を許可したのだ。

塩はカメラマンとともに東口へと走った。

内部を見せるといっても
ガラス越しにのぞき見するだけであった。

警官隊の突入から二時間たち、
一部片付けられたあとはあったが
現場はまだ十分に生々しさをとどめていた。

塩は写真を撮るふりをすることも忘れ、
ガラスに額をすりつけて
なにもかも、目に焼き付けようと
行内に視線を走らせた。

バリケードのロッカー、ひっくり返った長イス、
カウンターの上の枕、床に転がった薬莢、
壁や天井の弾痕、
そしてカエデの葉のように
幾筋も尾をひき、盛り上がっている血溜り ……

ひとつ、ひとつを眼に焼き付けながら
塩はここに監禁された人たちが
また、この銀行で何事もなかったように
仕事に戻ることができるのだろうか
という思いにとらわれていた。

この密閉された空間で監禁された人々は
殺された者と生きのびた者に分かれた。

その生きのびた人たちも
銃の制圧のもとに意思は封殺され
極限状態の中で人間の弱さ、
醜さが露わになったに違いない。

人間の尊厳をズタズタに引き裂いた
過酷な現場をのぞき見て
この事件の身震いするような
怖ろしさが改めて伝わってきた。

五分間の許可時間が終わり、前線本部に戻るとき
彼には白昼の明るさが
なにか別世界のように感じられた。
【203】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月11日 12時18分)

【モラルとジレンマ】

あびこ病院では緒方と永井が病院の玄関口で
二人の警官に院内に入るのを阻止されていた。

「絶対いれるな、という指示を
 遂行するのが我々の任務だ」

と警官はそこから一歩も退こうとしない。

「病院施設を警察が管理するのはおかしいじゃないか」

永井が顔をくっつけんばかりに近づけて
道を開けさせようとしたが、
若い警官は理屈に耳を貸さない。

押し問答が一時間もすぎ、
ようやく永井らが一階待合室に入ったとき
二人の警官は診察室に通じる廊下に
後退してピケを張った。

なんのことはない。
一からやり直しであった。

院内にはやはり「警備」の腕章を巻いた
数人の銀行員がいた。
なにを尋ねても彼らは沈黙で押し通した。

見事というほかない、だんまりであった。

チラリと奇妙な笑いを浮かべ
すり抜けてゆく行員たちに
預金の勧誘でしか縁のない緒方は
銀行員に対してもっていた
イメージの甘さを思い知らされるハメになった。

実にしたたかな集団であった。

記者たちが頼りにできるのは
もう、当直医しかいない。
やっと医師から運ばれてきた
七人の名前と容態を聞き出すことができた。

医師は

「疲労の具合はたいしたことないが、
 様子をみるために一日、入院させる」

と言い、ついで事務員が

「住所はみなさん、三菱銀行北畠支店
 ということになっています。
 面会できるかどうかは、銀行さんに聞いてください」

とすまなさそうに告げた。

またも永井が病院の管理、
患者の管理は誰がやっているんだ、
と食いついたが、所詮、ひとり相撲でしかなかった。

住吉市民病院に来ていた藤原も
同じ状態に置かれていた。

藤原はなんとしても救出された
行員から話を聞かなければ、
と思う反面、頑なに取材を拒む気持ちが
分からないでもない、と思っていた。

いや、救出された行員自身、
記者には絶対会いたくない、
と思っているだろうと察しはついた。

四十二時間に及ぶ監禁の実態が
どれだけ非情なものであっただろうことは
これまでに知らされた事実から十分に想像できる。

とりわけ、女子行員にとっては
耐え難い屈辱であったはずだ。
そんな女子行員への思いやりは藤原に限らず、
どの記者の胸にもあった。


住吉署では仮安置されていた四人の遺体が解剖のため
大阪府立大学医学部に運ばれようとしていた。

そのしめやかな雰囲気の中にも署内では
事件が解決した抑え切れない喜色があふれていた。

ついにやった。

あの梅川を逮捕できた、
という興奮の余韻がどの署員の顔にも残り
話す声にも弾みがあった。

半沢はそんな浮き立つような署内を
歩いていてふと、裏口から出でゆく
和装の喪服の女性に気付いた。

たったいま、遺体が運び出された警部補の妻であった。

半沢は気軽にそのあとを追った。
犯人逮捕について話を聞こうと思ったのである。

「犯人が捕まりましたけど …」

警部補の妻はちょっと半沢に目をやり、
黙って軽く頭を下げた。

「あのう、犯人が逮捕されたのですが、
 なにか、お気持ちを …」

半沢は「よかった」の返事を期待していたのだった。

妻は黙ったまま、である。

もう一度軽く会釈して
前に止まっている車に体を滑り込ませた。

バタン、とドアが閉まり、車は動き出した。

「バタン」とドアが閉まった瞬間、
半沢は自分の顔から血の気が引くのを感じた。

なんと浅はかだったんだろう。

自分も署内の浮かれた気持ちに染まり、
顔に笑みさえ、うかべていたかもしれないのだ。

このバカめ!

半沢は自分で自分をどやしつけながら
走り去る車を見送っていた。
【202】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月10日 16時10分)

【安堵と苛立ち】

午前九時三十分、現場にはふくれきった風船の空気が
徐々に抜けていくような弛緩が広がっていた。

警官隊の突入から一時間近くたっており、
解放された行員の搬送もあらかた終った。

山は登りつめた。

眺望も開けた。

下りの行程はまだ、残っているが、道筋はもう読めた。

そんな感じであった。

十二回目、最後の現場レクが行われた。

府警サブキャップの河井はレク場所に向う途中、
新田刑事部長、坂本捜査一課長と一緒になった。

「お疲れさんでした。おかげさんで …」

新田が顔をほころばせて河井に手を差しのべた。

異例の握手であった。

河井は思わず頭をさげて

「ご苦労さまでした」

とその手を握り返し、次いで坂本とも握手した。

レクは新田刑事部長、自らが臨んだ。

「男子七名、女子十八名、全員無事救出しました」

新田はまず、そのことを告げ、
続いて突入の模様を簡単に触れた。

突入は午前八時四十一分
逮捕は同、四十二分。

突入は第一、第二機動隊選抜の松原和彦警部ら六名。
梅川は警察病院へ搬送したが、
右頚部貫通で午前九時十分現在
危篤状態である  以上、
とレクは五分で打ち切られた。

吉田府警本部長以下との詳しい会見は
追って行われる、と告げられた。

取材の場は救出された行員が
搬送された各病院へと移っていた。

四ノ宮や柳本が見て感じた
「暗い、暗い表情」の行員たちから
監禁の模様を取材するのはつらいことだが、
たとえ一行ずつでもいい、
ナマの声を聞きださなければならない。

九人の行員が収容された阪和病院には
佐伯、山田、福田、坪井、村上の六人があたった。
 
しかし、たったひと言でも、と念じたその取材は
前日に解放された人質同様、困難を極めた。

どの病室にもどこで用意したのか
「警備」の腕章を巻いた三菱銀行の
応援行員がぴったりと張り番をしていて、
どんなに頼み込んでもドアを開けようとしない。

そのうち、救出された行員の家族も
続々とやってきたが、やはり面会はかなわなかった。

家族たちは

「面会謝絶といわれるほどに容態が悪いのか」

と、顔を曇らせてこまごまと尋ねているが、
戸口の応援行員は首をふり

「どなたも入れてはいけないと言われております」

と繰り返すばかりだった。

記者たちは診察を終えた医師に会見の諾否を求めた。

「さあ、どうですか」

医師はちょっと困った顔になった。

「肉体的には面会は差し支えないのです。
 ですからご本人の了解がとれれば、
 いいんじゃないですか」

医師の言葉が「警備」の行員に伝えられたが、
彼らは動じる様子もなく
オウムのように繰り返した。

「どなたも入れてはいけない、と言われております」

家族たちは二時間近くロビーで待たされたのち、
銀行側の指示で五分間だけ、
という制限で面会を許された。

記者たちはその面会を終えた家族から
やっと話を聞くことができたが
むろん、実のある話ではなかった。

佐伯は前日、府立病院で行員の応対に辟易した
浅田同様、だんだんに腹が立ってきた。

「我々に合わせたくない気持ちは分からんでもない。
 しかし、丸二日近く安否をきづかってきた
 家族たちにさえ、面会時間の制限を設ける
 という権限がお前らにあるのか。
 肉親への思いやりより、そんなに
 大銀行の看板の方が
 お前らにとって大事なのか!」
【201】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月10日 16時11分)

【安 否】

現場では十一台の救急車が次々に走り出した。
府立病院、阪和記念病院、住吉市民病院 ・・・・

谷本が指揮車で行き先をチェックして
ハンディで伝える。

「人質全員が病院に搬送された模様」

ハンディに山本の声が入ったが、
それにおっかぶせるように大谷が

「まだ、二十五人も出ていない!」

と大声を張りあげた。

そこへ千原のハンディが割って入った。

「まだだ!日本タクシーの車がたくさん来ている。
 二十台ぐらいか。
 銀行が行員を運ぶためチャーターしたらしい」



現場でも大阪本社社会部でも
梅川の生死は依然、確認できなかった。

整理部長の彦素勉は
「猟銃強盗逮捕」と「猟銃強盗射殺」の
二つのヨコ凸版を机の上に並べて、いらいらしていた。

府警ボックスに詰めている森からは
梅川が搬送された警察病院の医師の話として

「梅川は右首に銃弾を受けて危篤状態」

と伝えてきた。

続いて警察病院で待機していた記者から

「警官に阻止されて病院に入れないが、
 救急隊員の話では
 梅川は顔、頭から血を流して意識不明」

との情報が寄せられてきた。

そのときテレビの速報テロップが
「梅川死亡」を報じた。


死んだか。



社会部、整理部、連絡部からどよめきが起きた。

と、社会部長、黒田清の大声が
編集局中に響きわたった。

「うちの記者が言ってくるまでは死亡じゃないぞ!」

どよめきはピタリとやんだ。

号外の前書きを池尻は整理部に渡した。

■三菱銀行北畠支店(大阪市住吉区万代東一の一五)の 猟銃強盗、人質監禁事件で
 大阪府警は二十八日午前八時四十一分、
 包囲網を一挙に縮めてシャッターのすき間から強行突入を決行、
 人質の行員ら四人を射殺した犯人の梅川昭美(三〇) =同区長居東六の一〇四「長居パーク」三〇三号=を
 銃撃戦のすえ逮捕、人質の行員二十五人を救出、
 事件は四十二時間ぶりに解決した。
 人質の女性、一人が負傷している模様。
 梅川は右首に銃弾をうけ、危篤。


ふだんは動かない日曜日の午前九時すぎ、
地下三階で輪転機がうなりをあげて回り始めた。
【200】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月09日 14時18分)

【解 放】

ヘリの爆音が遠ざかると、
府警の広報課員が両手をメガホンにして
報道陣の間を走った。

「レクだ」

津田は枡野に声をかけて走った。

銀行前の交差点の真ん中に広報課の
小川泰男調査官が一枚の紙切れを持っていた。

この際だ。
  
とても五十メートル先の恒例の会見場まで
行っている時間がない。
バラバラと記者が駆けつけ、
たちまち小川の前に厚い輪ができた。

「それではお伝えする。
 午前八時四十一分ごろ、機動隊員が突入し、
 犯人を逮捕した。
 人質は全員無事救出!」

最後は叫ぶような口調だった。

「梅川は射殺したんか!」

「わからん、そんなん、わからんのや。
 全員無事救出、それだけやあ!」

小川は質問を振り切って、
銀行西の通用門へ駆け戻っていった。

津田は交差点から三十メートルの前線本部へ走り
息を弾ませながら、受話器を握っている瓜谷に発表内容を伝えた。

四ノ宮は銀行西側通用門の前の歩道に立っていた。

出遅れたが、決着の場にいるという幸運に
枡野以上に心を弾ませていた。

西側駐車場に待機していた十一台の救急車が
次々に通用門から入り
搬入口を門に向けてズラリと横一列に並んだ。

四十二時間、過酷な監禁に耐えた行員二十五人が
今にも姿を見せるはずだ。

非常階段の二階踊り場に最初の人影が現れた。

人影、というよりピンク色の塊が目にとびこんできた。
それほど鮮やかなピンクの毛布だった。

その毛布を頭から羽織った若い女性が
私服の捜査員に背負われている。

一歩、一歩、慎重な足どりで
捜査員は階段を降りてくる。
女性は頭を捜査員の左肩に落としている。

表情はわからない。

が、顔の表情ほどに毛布からはみ出た
左脚が無力感をにじませていた。

素足であった。太ももから先が露わになっている。

その肌は白い、というより四ノ宮には青く映った。

捜査員がステップを踏みしめるたびに
その脚は力なく揺れた。

続いてブルーの毛布が現れた。

自分の足で立ってはいたが、
両脇を捜査員に支えられている。
顔は伏せていたが、地上から見上げる四ノ宮は
その表情をかいま見た。

暗い、暗い顔であった。

三人目、四人目 ・・・・・

どの顔にも暗さがまといつき、
解放の喜びはみじんもなかった。

同じ場面を社会部のテレビで見ていた柳本も
背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

アナウンサーはやや上ずった声で
解放の喜びを生中継でレポートしていたが
彼はそれに耳を貸さず、
ただ解放者の表情ばかりに目をあてていた。

柳本は画面を見ながらこの事件の異常さを
最も端的に表わしているのが
今の光景ではないか、と思った。

女子行員たちのこの暗い表情はなんだろう。

いかに殺されたくないからといって、
凶暴な犯人の銃の威嚇のもとに
人間としての尊厳を踏みにじられ、
犯人の言いなりになってきた自分への
嫌悪と恥辱の感情。

それがまだ冷めやらぬ恐怖と一緒になって
これほどに暗い顔つきに
させているのではないだろうか。

まるでなにか重い、重い十字架を
背負っているみたいにとぼとぼと
外へ出てきているではないか。

同時に柳本は自分があの場面に置かれていたら、
人間の尊厳が保てただろうかと自問して首をふった。

自信がなかった。

そうだ。この事件は極限状態における人間の尊厳、
そのものを冷酷に突きつけた
過去に例のない事件なのだ。

これを新聞記事として
後世に残すにはどうしたらいいだろう。

学生時代、哲学を専攻していた柳本は画面を見ながら
いつまでもふっきれない思いでいた。
【199】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月09日 14時13分)

【騒 乱】

大谷は耳を疑った。

新聞社のハンディに周波数の違う
警察無線が混信するはずはない。

彼は間違いなく「梅川射殺」と聞いた。

大谷はもみあう渦から抜け出し「ABC」へ走った。

途中、山本と出会った。

「聞いたかいな、射殺」

「おれのハンディにも入った」



<大谷はのちのちまでこの
 無線の「怪」がわからなかった。
 事件が落着したあと、これは混信ではなく、
 もみあう中で機動隊伝令が持つハンディの
 イヤホンコードが抜け落ち
 警察無線の通信がもろに外へ流れ出てしまった、
 と解釈した。>



大谷は「ABC」へ駆け込むなり社会部へ電話で
状況を説明している瓜谷に警察無線の内容を報告した。

瓜谷は「本当か、それ」と怒鳴り返し、
蔵楽を通じて

「梅川が射殺されたかどうか、確認してくれ」

と指令した。

大谷は現場へとって返した。

途中、交差点の角で上から声が降ってきた。

「おいっ、大谷、西の通用門へ走れ」

声は街路樹に登っているキャップの黒川だった。

西の通用門へ一台の救急車が急確度でハンドルを切り、
バックで突っ込んでいった。

たちまち武装警官が取り囲んだ。

警官は銀行の中から出てきている。

包囲線からの距離は二十メートル。

担架が運び出された。

チラリと顔が見えた。
首筋に血がべっとりと張り付いている。

サングラスが見えた。
  
梅川か。

報道陣がどっと押し出す。
楯の金属音がひときわ高い音を立てたる

救急車はバタンと搬入口を閉め、
サイレンのうなりをあげて
通用門から急カーブを切って走り出した。

社会部には宿直室や借り上げた
近くのホテルから続々と部員が駆けつけていた。

瓜谷から「ゆうべの前線組をみんな、送り返してんか」と矢の催促だ。

池尻は受話器を握ったまま、
とりあえず上がってきた七人を現場へ向わせた。

ホテルから社へたどりついた社会部長の黒田は
池尻から受話器を受け取ると言った。

「号外の勝負だ。人質が全員救出されたのか
 梅川が射殺されたのか、確認してくれ。
 確認するまでは原稿にするな」

現場上空に爆音が轟いた。

ドイツ・ベルコウ社製の大阪読売ヘリが到着した。
ヘリはぐんぐん高度を落とし、
銀行上空百メートルでホバリングした。

ローターにあおられて路上の砂が舞い上がる。

いらだたしげに機動隊員がヘリをにらみあげた。

砂ぼこりの中で枡野がハンディで
ヘリに向って呼びかけた。

「救急車が警察病院の方へ走った。
 たぶん、梅川やと思います。
 病院へ担ぎ込むところを超低空で
 バッチリやってもらえませんやろか」

ヘリは機体を斜めにかしげるなり、
警察病院のある北方へと飛び去った。
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