| トップページ | P-WORLDとは | ご利用案内 | 会社案内 |
■ 338件の投稿があります。
<  34  33  32  31  30  29  28  27  26  25  24  【23】  22  21  20  19  18  17  16  15  14  13  12  11  10  9  8  7  6  5  4  3  2  1  >
【228】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月12日 14時31分)

【擬 餌】

酒井が運転するスカイラインを
豊子はマークIIで追尾した。

車間距離は二十メートル、速度は四十キロ。

珍しく割り込む車もなかった。

北九州市八幡東区中央町の
割烹料理店に着いたのは午後六時半ごろだった。

豊子には初めてだったが、
酒井は何度か訪れたことがあるのか
先に立って一番奥に席をとった。

着物姿の女店員が持ってきたメニューを見ながら
酒井は「なにがいいですか」ともちかけた。

男は遠慮がちに

「なんでもいいですから」

と言った。

初対面の人間に競艇のスポンサーになってもらったうえ
夕食までごちそうしてもらい、
すっかり恐縮している風だった。

酒井はミニ会席(七品)二人前とビール二本を注文した。

イカの刺身や天ぷらなどの料理が運ばれ、
酒井は男にビールをすすめた。

ここでも二人は競艇談義に花を咲かせた。
酒井は自らファンを装って、
レース話に熱中してみせた。

男は酒井の人柄にすっかり魅かれた様子で
楽しげにビールのグラスをあけた。

七千円の勘定をすませ、
三人が割烹料理店を出たのは午後七時を回っていた。

酒井は着々と進んでいる計画に
豊子が動揺していることを察知し、再度

「いいか、しっかり後ろからついてくるんだぞ」

と耳うちした。

男を乗せ、豊子のマークIIを従えたスカイラインは
大谷インターから北九州道路経由で
九州自動車道に入り、福岡方面へと向かった。

まもなく、スカイラインは
鞍手サービスエリアの駐車場へと入った。

エリアでは酒井だけが車から下りた。

時間にして約二十分。

この間、酒井は売店に立ち寄り、
銘菓「雪うさぎ」三箱と缶ジュースなどを買い、
男にジュースを豊子には板チョコを渡した。

そして公衆電話から妻の清美に

「あすの朝七時までに阿翁(長崎県東松浦郡)の
 水産業者に
 『七時ごろそちらに着くから』と
 電話を入れてくれ。
 今、高速にいる」

と、連絡、指示した。

この業者とは以前から取引があり、
阿翁に行くフェリーも星賀港から出ている。

清美に電話をかけるよう指示したり、
手土産と見せる銘菓を買ったのも
替え玉発覚を防ぐ、酒井の偽装工作だった。

酒井はここでも豊子のマークIIに歩み寄り

「遅れんよう、ついてこい」

と念を押した。

スカイラインは再び走り出し、
福岡東インターを下りると
国道202号を西に向かった。
【227】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月12日 13時23分)

【愛 人】

中村豊子は酒井隆と知り合ってから
大きく人生が変わった。

夫が入院していた福岡市の病院から蒸発して以来、
一人娘と一緒に北九州市門司区の実家に
転がり込んで生きてきた。

娘の成長だけを考え、裁縫業や
和菓子店に勤めて貯金に励んだ。

その豊子の人生は三年前、
酒井が小倉北区で経営していた
炉端焼き「和」に勤めるようになってから、
少しずつ狂ってゆく。

行方不明の夫を待つ【貞淑な妻】は「和」に勤め始めて
三ヵ月後には酒井と関係を持ってしまった。

ルージュが濃くなり、マニキュアもするようになった。
もともと顔立ちがいいから化粧栄えがする。
やがて男たちの視線をいつも感じる女になっていった。

酒井の妻の清美は全身リウマチの持病があり、
酒井との夫婦関係はないのも同然、
といういきさつもあった。

豊子は酒井と自分が本当の夫婦であるように
錯覚してゆく。

二人はお互いに「社長さん」「中村さん」と呼び合い
深い関係を隠そうとしていたが、
昼も夜も一緒の二人を見て
酒井水産の社員や「和」の従業員たちは
誰もが二人の愛人関係に気付いていた。

酒井の妻の清美も早くから感づいていた。

だが、持病の負い目があるのか、何も語らない。

豊子は清美に申し訳ない、と思いながら
酒井にひかれる気持ちは抑えられなかった。

あたりに暮色が迫っていた。

酒井宅は坂を登りつめた住宅街の一角にある。

玄関前に青のコロナマークIIが
とまっているのが見えた。

犯行にこのマークIIを使うことは
酒井から事前に聞いて知っていた。

豊子は目前に迫ってくる殺人の恐ろしさに
体がすくむような思いがしていた。

豊子はゆっくりと歩き出した。

酒井の自宅内にある水産の事務所は
親密になってからよく出入りしている。
玄関ドアのノブに手をかけると鍵がかかっていた。

そのまま引き返し、マークIIの
エンジンをかけUターンした。
前にも増して強い恐怖と動揺が襲ってきた。

レンタカーをUターンさせた直後、
豊子は前から歩いてくる清美を目撃した。

清美はこの日午後、銀行から預金を下ろし、
自宅近くの美容院に立ち寄って帰る途中だった。

豊子より早く清美の姿に気付いた酒井が
クラクションを鳴らして清美に合図した。

スカイラインの窓際に寄ってきた清美に酒井は

「茶色のジャンパーを着せとくからな」

と替え玉の目印を小声で耳うちした。

豊子はゆっくりとレンタカーを走らせ、清美に窓越しに

「車を持ってゆきます」

とあいさつした。

会釈した清美がすれ違ったあとも
じっとレンタカーを見送る清美の姿を
豊子はルームミラーで確認した。

助手席に男を乗せた
酒井のスカイラインも動き出した。
【226】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月12日 13時19分)

【車 中】

駐車場のスカイラインの中で
待機していた愛人の豊子は
酒井が男と親しげに話しながら
近づいてくるのをガラス越しに見つけた。

「うまく話をもちかけて連れてきたのだろうか」

豊子は安心すると同時にこの先に酒井が描いている
黒い絵図を想像して思わずハンドルに頭を押し付けた。

酒井は連れてきた男を豊子に紹介することもなく、
運転席にいた豊子を後部座席に移らせると
男を助手席に乗せ自分が運転して駐車場を出発した。

酒井は

「小倉にひとつだけ仕事を残したから」

と言って自宅に車を向けた。

妻の清美の弟にあらかじめ借りさせ、
自宅前の路上にとめていた
レンタカーのコロナマークIIを
犯行後の足として持ち出す必要があったからだ。

車中で豊子と男はひと言も言葉を交わさなかった。

男も別段、豊子を気にしているふうでもなかった。

男は「予想が当たらんで、すいません」と
酒井にしきりに謝っている。

ボートレースのこと、
そして自衛隊のことに話が移った。

酒井は高卒後、一時、
長崎県の陸上自衛隊大村駐屯地に
入隊した経験がある。

男もかつては
自衛隊員だった、という。

同じ経歴を持ち、しかも競艇で
スポンサーになってくれたことで
男はいよいよ、酒井に
なんの疑念も持たなくなっていった。

スカイラインは洞海湾にかかる
若戸大橋を渡り、戸畑の街並みに入った。

酒井はしきりに男を食事に誘った。

豊子はひと言もしゃべらなかった。

「社長は今日、初めて会った
 この男を殺そうとしている」

事前に酒井から聞かされていたとはいえ、
着々と進む替え玉殺人計画の恐ろしさに
豊子は自然と口が重くなっていた。

午後五時、酒井は小倉の自宅から
百メートル足らずの坂道にスカイラインをとめた。

豊子を外へ呼び出し

「レンタカーを運転しておれの後ろをついてこい。
 見失うな」

と言いながらキーを渡した。
【225】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月05日 16時43分)

【アタリ】

レースは次々に進んだ。

第三レース、第四レース、第五レース …

二分数十秒の1レースが終わるたび、
ハズレ舟券が寒風に舞った。

舟券売り場に列を作るファンが次第に殺気だってくる。

負けがこみ、一発逆転の大穴を狙う客も少なくない。

酒井の殺人計画も巨額な保険金を
狙った大きな賭けだった。

いや、ギャンブルより簡単で確実に思えた。

ギャンブルで大金をつかむためには幸運が必要だ。

だが、酒井の計画は誰か、
替え玉を捜して殺害すればいい。
必要なのは運ではなく、
やりとげる、という強い意思だった。

午後一時半、第六レースが始まった。

酒井は「オヤッ」と思って足をとめた。

ファンのほとんどがレースに目を奪われているなかで
一人の男がハズレ舟券を拾いながら近づいてくる。

当たり券が間違って捨てられていないか、
一枚ずつ確かめているようだ。
いかにもうらぶれた様子である。
顔は面長でやせている。年齢も四十歳ぐらいか。

酒井は自分に似ているように感じた。
こちらを見ている人はいない。

チャンスだ。

「どうも勝てませんなぁ。おたくもそうですか」

突然、話しかけられて男は
ギョッとした表情で顔をあげた。

人なつっこい酒井の笑顔に安心したらしい。
すぐに言葉がかえってきた。

「わしが予想してやるけん、少し小遣いをくれんね」

当たったら配当の何割かにありつこうという
「コーチ屋」と呼ばれる手口である。

しめた、と酒井は思った。

とにかく会話の糸口はつかめた。
しかも金をだせば、身柄を捕まえられそうだ。

「いくら出せばいい?」

「一万円くれ。その代わり必ず儲けさせてやるけん」

酒井は「残りは終わってからだ」と
言いながら五千円を渡した。

酒井はこのあと第七レースから最終十レースまで、
男が予想する舟券を買ったがことごとく外した。

「残りの五千円をくれんね」

「負けたのにやれんよ」

「明日から始まる唐津の記念レースで必ず儲けさせる。 一緒に行こう」

酒井にとってはまたとない誘いだった。

罠に相手からとびこんできたようなものである。
さりげなく「どこから来たの」と尋ねると、福岡という。
とっさに「自分も福岡だ」とウソをついた。

「車で来ているから一緒に帰ろう」

獲物はかかった。
【224】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月05日 16時44分)

【一本釣り】

鉛色の空が低くたれこめ、時折、洞海湾からの
寒風が吹き付ける北九州市の若松競艇場。

一月二十一日、そんな天気にもかかわらず
入場者は八千三百人の盛況だった。

酒井隆は舟券も買わず、場内を歩き回っていた。

自分と同じように小柄でやせた男はいないか。

レースが終わるたびにどっと動く群集にまぎれて
血走った眼を走らせる。

頭の中には自分によく似た男を捜しだして
競艇場外へ誘い出し
替え玉として殺すことしかなかった。

酒井水産はもう、どうにもならないところまできていた。

放漫経営のうえに前年の冷夏による
稚魚の品不足が重なり
秋口から経営は完全に行き詰まっていた。

すでに親族、友人、同業者、取引先など
顔つなぎのあるところから
金を借りまくっていたが、
もう貸してくれるアテはなくなっていた。
一年で一番の稼ぎどきである
正月前のハマチの仕入れもできなかった。

自宅には連日債権者が押しかけ、
その中には暴力団員もいた。

酒井は借金が増えるたびに
自分を被保険者とした生命保険に次々と入っていった。

契約額の合計は生保、郵政簡保合わせて九口
受取額の合計は普通死亡時で二億七千万、
災害死亡時で四億一千五百万円である。

「この保険金を騙し取るしか借金返済の道はない」

酒井の胸の中で替え玉殺人という、
どす黒い計画が膨らんでいった。

自分に似た男を捜しだして替え玉として殺害する。
そして保険金を受け取って
生きのびようというのである。

この計画には身内の共犯者が必要だった。

替え玉にした男の遺体を見て
「酒井です」とウソの確認をする人物、
そして何食わぬ顔で保険金を受け取る
人物も必要である。

すでに妻の清美と愛人の豊子には計画をうちあけ、
決行に備えさせていた。

替え玉捜しは三日前の十八日から始まった。

この日、酒井は豊子を連れて福岡県飯塚市の
飯塚オートレース場に向かったが
適当な人物は見つからなかった。

十九日は佐賀県の唐津競艇場、
二十日も若松競艇場に行った。

しかし、似た男は見つからない。

四回目の二十一日はさすがに
酒井には焦りの色が濃かった。

若松競艇場に向かう車の中で、助手席の豊子に

「今日は捜すぞ。もう時間がない」

と言った。

豊子は競艇場に着くと殺人計画に
振り回されている精神的ダメージから

「気分が悪い」

と言い、駐車場の車の中に引きこもった。
酒井は借金返済のため、
すでに自分の車は手放している。

車は酒井が豊子に買い与えた
赤のスカイラインだった。
【223】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月05日 16時35分)

【葬 疑】

酒井の死に誰もが呆然としていた。

それも殺された疑いが強いという。

遺族の胸の内を思ってどんな弔いの言葉を
かけていいか、わからない人も多かった。

だが、葬儀社の社員らが遺影を見て、
おかしいと思ったように弔問客も時が経つにつれ
「何か変だ」という疑惑が胸の中で膨らんでいた。

とにかく妻の清美と愛人の豊子の様子がおかしいのである。

棺が祭壇の前に安置された。

酒井の母親をはじめ、多くの人が遺体の顔を見ようとした。

妻の清美が必死になって止めた。

「顔が痛んでいるから見ないで!」

なかば、叫ぶような声をあげ、異様な雰囲気となった。

葬儀社員が

「遺体はお別れの際に見ることができますから」

と、とりなしてこの騒ぎはいちおう、収まった。

通夜が始まった。

酒井水産の従業員や同業者ら酒井と豊子が
愛人関係にあることを知る者は
豊子の態度に目を注ぎ、首をかしげた。

愛人が死んだ、というのに涙ひとつ見せていない。

読経が始まっても部屋の外へ出て、
従業員の一人と葬儀に関係ない車の話をしている。
終始、落ち着きがなかった。

葬儀は翌二十三日、午後一時から自宅で営まれた。

脱サラ社長の酒井は人なつっこい
明るい性格だったので知己が多く、二百人が焼香した。

債権者たちも複雑な表情で手を合わせた。

その中には酒井に一千万円を融資した
小倉北区の主婦もいた。

息子が酒井水産の従業員だったことから断りきれず
亡父の保険金や退職金から用立てていた。
七百万円は返済してもらっていたが、
三百万円が残っていた。

融資した主婦は

「私がお金の返済を迫ったので無理をされて
 事件に巻き込まれたのかもしれません。
 息子がお世話になったご恩返しもしないうちに
 お気の毒でなりません」

と、泣きながら妻の清美に頭を下げた。

午後二時すぎから遺体とのお別れが始まった。

親族や友人らが棺のそばに集まり、
遺体の周りに菊の花を置いてゆく。

何人かが遺体の顔をのぞきこもうとした。

しかし、ここでも妻の清美は奇異な行動をとった。

棺の横につきっきりで立ち、
遺体の顔の真上に素早く菊の花を乗せた。

親族が顔を見ようとその花を傍らによけると
清美はすぐ別の花をかぶせる。

やがて遺体は花で埋まった。

清美の行動に疑惑のまなざしを向ける人たちの前で
棺のふたが静かに閉じられた。
【222】

逃葬者  評価

野歩the犬 (2015年03月08日 08時45分)

【変死体】

死体の顔はひどく傷んでいた。

頭部は陥没、額から右目、右頬にかけ、
紫色に腫れあがっていた。

鼻骨が潰れ、鼻が奇妙な形に広がっている。

昭和五十六年(1981年)一月二十二日午後九時半。

佐賀医科大学付属病院で司法解剖の終わったばかりの
遺体がストレッチャーの上に寝かされていた。

北九州市からやってきた二人の葬儀社員は
あまりの遺体の傷のひどさに目をそむけた。

遺体は北九州市小倉北区熊谷町、
酒井水産社長・酒井隆(四二)とされていた。
解剖が始まる前に妻の清美(四二)が

「夫です」

と確認している。

酒井の愛人で北九州市門司区に住む中村豊子(四四)も
「本人です」と認めていた。

解剖室には立会いの佐賀県警警察官が五、六人いた。

誰一人として遺体が酒井であることを疑っていなかった

遺体を引き取った葬儀社員は霊柩車に積んで、
深夜の国道を北九州市へ向け走った。

ハンドルを握っていた社員が同僚に語りかけた。

「解剖は五時に終わるという連絡だったのに
 四時間もオーバーですよ。
 自宅で待機している人たちは
 通夜が遅れてヤキモキしてるんじゃないですか」

「あの傷はリンチによるものだね。
 殺人事件とみて念入りに調べたんだろう」

遺体が自宅に着いたのは午前零時を回っていた。

玄関わきの居間にはすでに祭壇がしつらえてあった。

笑いかけるような遺影。

二人は立ちすくんで顔を見合わせ、
ほとんど同時につぶやいた。

「死体と違うじゃないか …」

顔を潰されていたとはいえ、輪郭や表情の雰囲気が
似ても似つかぬ人物だったからである。

やがて弔問客が姿を見せ始めた。

酒井夫婦の親族、近所の知人、水産業の仕事仲間
出身地、福岡県田川市からの
幼なじみも駆けつけていた。

佐賀での遺体確認をすませ、
一足先に帰宅していた妻の清美が
喪服姿でこれらの客を迎えた。

居間の片隅では愛人の豊子が
憔悴しきった表情でうなだれていた。
遺体が酒井隆であることを
弔問客の誰もが疑っていなかった。

一月二十二日付け読売新聞西部本社版夕刊では、
この変死事件は【唐津発】として
次のように報じられている。

「脱サラ社長  不審な死」

社会面四段見出しである。

■二十二日午前零時四十分ごろ、
佐賀県東松浦郡肥前町星賀の星賀港岸壁わきの
海中に乗用車が沈み、車内で北九州市の
水産会社社長が死亡しているのが見つかった。

乗用車の後部に追突されたらしい
傷跡があるなど不審な点があり、
唐津署では遺体を佐賀医大で解剖、
事故以外にも自殺、他殺の両面から捜査している。

死んでいたのは北九州市小倉北区熊谷町一の五の三、
酒井水産社長、酒井隆さん(四二)で
死因は水死とみられている。
免許証はなく、財布にあった名刺から
酒井さんとわかった。

同署は車後部の傷跡など単なる事故にしては
不審な点があるとみて家族や関係者から話を聴いてる。
酒井さんは運送会社に勤めていたが、
約六年前に脱サラし、炉端焼きの店や
鮮魚卸売業「酒井水産」を経営していたが、
昨年末不渡り手形を出し、会社は倒産している。

酒井さんには多額の借金があり、
多くの生命保険に入っていたという。
【221】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月20日 16時44分)

【あとがき】

「三菱銀行北畠支店における強盗殺人、
 ならびに人質逮捕監禁事件」
(昭和五十四年一月二十八日、警察庁命名)

は日本の犯罪史上、類例をみない凶悪事件であった。

犯人、梅川昭美は強盗に入った銀行で
四人の生命をいとも平然と奪い
篭城した銀行内で銃の力を背景に
密室の絶対的支配者として人質に
過酷で屈辱的な服従を強要した。

それは金銭だけを目的とした銀行強盗とは
明らかに様相を異にしていた。

梅川は行内で人質に向って

「おれは精神異常やない。
 道徳と善悪をわきまえんだけや」

と自らを語ったというが、
一般社会で道徳と善悪をわきまえない人間は
精神異常と言われないまでも、
人格障害と評されても仕方があるまい。

そのことは十五歳にして犯した強盗殺人事件時の
鑑定結果に照らしても明らかである。

さらに当時の広島家裁の所見では

「長期間にわたる強力な生活指導が必要」

とありながら
梅川はわずか一年で少年院を仮出所している。

そして、三年後には保護観察処分を解除され、
晴れて自由の身になったばかりか
猟銃まで手に入れることができた。

乱暴な表現をすれば梅川の犯罪は、
本人の人格的資質と共に当時の法体系や、
治安当局の監視の緩さと複合して

「起こるべくして起こった」

のである。

大金奪取という計画が破綻し、
偶然の密室が完成したとき
梅川が「逃れられない死」を
覚悟したのは間違いないだろう。

事実、梅川は人質の解放交換に逃走するという
手段については全く要求していない。

梅川はその確定した死へ向かう一瞬、一秒に
自らの人生の集大成として
欲望の限りを実行したのではないか。

正常な人間であれば、余命を宣告されたときは、
人生でやり残したことを数え上げ、
可能な限り、本人も周囲もその実現にむけ、
精神を傾注するであろう。

それが本能であり、余命を生き抜く
支えになるのではあるまいか。


確実な死を前にした梅川にとっては
それが「ソドムの市」の具現化だった。


今回の執筆にあたっては銃の威圧の下、
銀行内で繰り広げられた「ソドムの市」の詳細、
とりわけ梅川が女子行員に強要した行為については
事件後三十六年を経過したとはいえ、
被害者の心の傷を考慮して
最小限にとどめたつもりである。

亡くなられた警官、行員、負傷した方も
でき得るかぎり、匿名とした。

当時の資料を参照すると禁止ワードが多く、
梅川の言葉については一部表現方法を変えたが、
狙撃され、最後に発した言葉だけは
伏せ字ながら、そのままを引用した。

梅川昭美の名は警官隊によって
狙撃、絶命したことによって
日本の犯罪史に深く刻まれることになった。

その後も猟奇的な連続幼女誘拐殺人事件や
大阪・池田小学校や秋葉原を舞台にした無差別大量殺人
さらに年少者による残虐な殺人が多発し、
少年法の改正にも至っている。


事件当時、狂気の男と断罪された梅川昭美。

「お前だけが狂っているのではない」

これが私のせめてもの弔辞である。

(↓)
【220】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月20日 16時52分)

大阪府警本部長だった吉田六郎氏は
この事件直後の三月に勇退した。

群馬県警本部長時代は
連続婦女暴行殺人事件として知られる
「大久保清事件」や連合赤軍による「あさま山荘事件」
「妙義山大量リンチ殺人事件」を手がけるなど
大事件と縁の深い警察人生であった。

読売新聞大阪本社社会部長だった
黒田清氏はその後、編集局長兼務となったが、
読売グループ本社のドン、
渡辺恒夫によって排斥され、退社。
「黒田軍団」と呼ばれた一派は
大阪社会部から駆逐される。

退社後「黒田ジャーナル」を立ち上げ、
ミニコミ紙を編集、発行していたが
2000年、六十八歳で死去。

梅川昭美の名前を最初に割りだした中徹氏も
雑誌社へ転身したが、四十代で早逝した。

大谷昭宏氏は現在、テレビメディアを中心に
フリージャーナリストとして活躍されている。


■本稿「ソドムの市」は
 昭和五十四年一月二十七日〜二十九日付け
 読売新聞大阪本社版に連載された

 「ドキュメント・新聞記者」

 「三菱銀行事件全記録」

 昭和五十四年二月二十七日〜三月二十三日付け
 毎日新聞大阪本社版に連載された

 「破滅〜梅川昭美の三十年〜」

ほか、資料より抜粋、加筆しました。

平成二十七年二月

野歩the犬
【219】

ソドムの市  評価

野歩the犬 (2015年02月19日 14時49分)

【資料III】

■梅川昭美の少年時代の強盗殺人事件に関する鑑別結果通知書

       家庭裁判月報(昭和三十九年六月、第六巻、六号)より


広島家庭裁判所御中

               広島少年鑑別所

鑑別年月日      S39. 1 .7
氏   名       M       昭和23年3月1日生  男

【検診結果】

身体発育        常。 身長162.4センチ
               体重46キロ 
               胸囲83センチ

【精神医学的診断】   S39.1.10

  冷酷、反社会的、非協調性の精神病疾で短絡反応を起こしやすく
  情緒に乏しい。社会的不適応者である。


IQ=101              誤り、 脱落は少ない

クレペリンテスト      P異常型
              波状型を示し、動揺が激しい。

性格            YGテスト 右寄り型の不安定型

S.C.T                        主観的、短気でわがまま
               臨床類型としては情性欠如の精神病質
                             罪に対する改悛の情が薄い。
               敏感、神経質、興奮性の反面
               鈍感、冷淡、残酷で矛盾した徴候が混在化している
               自棄的である。

【総合所見】

■問題点とその分析

臨床的な症候から判断すると情性欠如性の精神病質。

生来的に同情、あわれみ、良心、
共同等の感情が希薄で、
かつ少年の成育史からこれらの情性が
豊かに発達する環境になかったことに原因し、
今日の人格を形成したと考えられる。

性格異常のため、少年の犯行は残酷非道で
日常行動面に於いても
変質的傾向がうかがわれる。

この種異常者は如何なる方向でも反社会的行動や
犯罪と結びつく危険が濃厚である。


■処遇上の指針

この種資質の少年を社会に
放任することは極めて危険であり、
積極的に規制する必要がある。

すでに病質的人格は根深く形成されているので、
容易には矯正できず将来に向け問題が多い。

とりあえずは年齢が低いので
施設に収容し、多少なりとも
人格改善の方向に矯正教育を
施すことが必要である。

少年の現在の心境は非行の認識浅く、
改悛の情も乏しく
いたずらに自暴自棄的気持ちが
強いだけで見通しは暗いが、
安静な環境で期間をかけて
建設的意欲をもたせることが大切である。

両親との愛情関係を調整することも必要で、
精神的に家庭社会からの
孤立化を防ぐことが効果的と思われる。

少年院仮退院後も続けてケースワークが必要であり、
放任すると累犯に及びかねないと考える。
<  34  33  32  31  30  29  28  27  26  25  24  【23】  22  21  20  19  18  17  16  15  14  13  12  11  10  9  8  7  6  5  4  3  2  1  >
メンバー登録 | プロフィール編集 | 利用規約 | 違反投稿を見付けたら